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札幌高等裁判所 昭和53年(う)1号 判決

被告人 飛山均

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

原審及び当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

(控訴の趣意)

弁護人富岡公治提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

(当裁判所の判断)

控訴趣意第二(刑訴法三七八条三号違反の主張)について

論旨は、原判決は、被告人の甲野春子に対する強姦致傷の所為の点について、起訴状記載の訴因が「右監禁により畏怖している甲野春子の反抗を抑圧して」とあるのに、「前記脅迫等により畏怖している甲野の反抗を抑圧して」と認定判示しているが、監禁と脅迫とは明らかに相違するから、原判決は、審判の請求を受けない事件について判決した違法がある、というのである。

しかしながら、起訴状記載の「右監禁により畏怖している甲野春子の反抗を抑圧して」の「右監禁」とは、被告人が自己運転の普通自動車後部座席に乗車している甲野春子、山川夏子を脅迫のうえホテルに連れ込んで強姦しようと企て、同記載の森迫太方前付近路上に同車を停止させたうえ、その車中において、同女らに対し、起訴状掲記の言辞を申し向けたこと及び同記載の監禁行為をしたことをもつて、甲野に対する強姦行為の脅迫に当るとするものであることが、起訴状の記載自体から明らかであり、原判決が認定するところの、甲野に対する強姦行為の手段である「右脅迫」もまさに右の点をいうものであることが判文上明白であるから、原判決が被告人の甲野に対する強姦致傷罪の成立を認定するにあたり、訴因に掲げられていない事実を認定したとの主張は当らない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三(理由不備の主張)について

論旨は、原判決には、甲野春子の原審公判廷における証言が信用しえない理由を述べない理由不備の違法がある、というのである。

しかしながら、刑訴法三三五条一項によれば、有罪の判決には、罪となるべき事実及び証拠の標目を示すことをもつて足り、証拠の取捨・選択の理由はこれを明示する必要がない(最高裁判所昭和三四年(あ)第一〇七八号、同年一一月二四日第三小法廷決定・刑集一三巻一二号三〇八九頁参照)のであるから、原判決が、右甲野証言について信用しえない理由を示さなかつたからといつて、原判決には理由不備の違法があるとはいえない。論旨は理由がない。

控訴趣意第四(訴訟手続の法令違反の主張)について

論旨は、甲野春子の検察官に対する供述調書は、刑訴法三二一条一項二号後段但書の、いわゆる特信性がないのに、これを肯認し、その証拠能力を認めた原判決には訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかしながら、甲野春子の原審証言を検討すると、同証人は、本件公訴事実の枢要部分のみならず、その周辺部分の事実について、ほとんど、記憶喪失あるいは供述したくないとの理由をもつて証言を拒否し、また供述するところのものも、渋滞のうえ漸く供述する有様で、しかもあいまいかつ不明確な供述に終始していることが明らかであるのに比し、同人の検察官に対する供述調書記載の供述は、任意になされなかつたとの疑いをさしはさむ余地がなく、ごく自然で、首尾一貫して矛盾もなく、首肯するに足りるものが認められ、そのうえ、当審における証人甲野春子の証人尋問調書によれば、同人が、原審において右のような証言態度に出たのは、被告人の目前で供述しにくい心情にあつたためであることが明らかであるから、原裁判所が、甲野春子の検察官に対する供述調書につき、刑訴法三二一条一項二号後段但書の特信性ありとしてその証拠能力を認めたのは当然であつて、これを証拠に採用した手続については、訴訟手続の法令違反を認めることはできない。論旨は理由がない。

控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

論旨は、被告人が被害者甲野春子、山川夏子の両名を自動車に同乗させてホテル「水源」(以下モーテルという。)に行つたこと、同所で被告人が右甲野と肉体関係を結んだのは、いずれも同女らの意思に反してしたことではなく、また同女らの意思に反しているという認識もなかつたから、監禁罪、強姦致傷罪が成立しないのに、原判決が、甲野の原審証言を排斥し、その検察官に対する供述調書を措信し、これと関係証拠により被告人を有罪と認定したのは、証拠の取捨・選択を誤まり、事実を誤認したものである、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、優に原判示の事実を認めるに足り、一件記録及び当審における事実取調の結果に徴しても、原判決に所論の事実誤認は存在しない。

すなわち、原判決挙示の証拠を仔細に検討し、かつ当審における事実取調の結果を合わせ検討すると、次のような事実が認められる。

1、被告人は、かねて肉体関係のあつた女子高校生である海野秋子に対し、被告人の性交の相手方となる女の子を世話するよう求め、原判示の日の夕方ごろ、同女からその下級生にあたる山川夏子及び甲野春子の紹介を受けたが、山川及び甲野においては単にドライブするのに引合わされたと思つていたものであつて、現に山川、甲野とも被告人に対し、七時ないし八時ころまでに帰宅したい意向を示していること、その後間もなく、同女らは被告人らとホテル「天望閣」にいつて食事をしたのであるが、同ホテルのトイレにおいて、右海野から「あの人達は、おつかない人達だから、いうことをきかなければ駄目だ」と言われたものの、被告人の意図を十分に察知できず、食事後、席を立つ際の雰囲気から、そのまま帰宅できるものと判断し、原判示記載の二扉型普通乗用自動車後部座席に乗車し、被告人がその運転席に、その友人中村安夫が助手席に乗り込んだ(なお、同車の構造上、後部座席にある者は、運転席又は助手席を倒さなければ降車できない)こと。

2、その直後、被告人は、同女らに対し、同女らが同ホテルでの食事中終始打ち解けない態度にあつたことを非難し、更に同ホテル前を出発して間もなく、近くの旧水族館跡地に同車を停車させたうえ、同女らに対し、「一五歳の高校生になめられたのは初めてだ。」「手稲の兄貴の所に連れて行つてまわしをかけてやる。」等と執拗に怒鳴りつけ、同女らに畏怖の念を生ぜしめたこと。

3、被告人は、間もなく、手稲に向けて同車を発進させ、山川が泣きながら同行を拒否するのを無視して走行を続けたこと、被告人の意図は前記のとおり同女らと肉体関係をもつことにあつたが、尋常の手段ではその目的を遂げることができないことを知つた被告人は、同女らが後部座席にいて物理的に車外への脱出が不可能であることを利用し、同女らに脅迫言辞を申し向け、右自動車でモーテルに無理に連れ込んだうえ強姦しようと決意したこと。

4、かくて被告人は、原判示の日の午後一〇時ころ、札幌市西区手稲星置の森迫太方前付近路上に右自動車を停車させたうえ、車内において同女らに対し、原判示のとおり、「これから兄貴のところに電話をかけに行く。」「そこには何人男がいるかわからない。お前達はまわしをかけられて泊るなり送つてもらうなり好きなようにすれ。」「決心ついたか。俺達とやるかまわしをかけられるか、どつちにする。」「両方ともいやだとは絶対に言わせない。」などと申し向けたこと、この脅迫は、中村をして、「俺も共犯になるべや。」と言わせたほど執拗かつ強烈なものであつたこと、同女らとしては、これにより大いに畏怖したのであるが、物理的に車外に脱出できないうえ、停車地点の地理に不案内であり、しかも、付近は住宅地ではあるが、暗く淋しい場所であることなど、その置かれた状況から他に逃れる術がなく、多数の男性に輪姦されるよりは、被告人らによつて姦淫される方が被害が少ないとの心境に陥り、諦らめの気持から、やむなく被告人らとの肉体関係をもつことに同意したこと。

5、そこで、被告人は、姦淫の目的を遂げるために、同女らを同車後部座席に着席させた状態で同車を発進させ、モーテルまでの約二四キロメートルの間同車を運転疾走させ、次いで同女らをモーテル二階B―一号室に連れ込み、更に同室において同女らに対し、被告人が同女らをともに姦淫する旨申し告けて脅し、「輪姦と同じになるから嫌だ。」との同女らの抗議を容れ、性交の相手方の選択を同女らにさせたところ、山川が中村を選択したので、甲野が被告人の相手となることとなつたこと。

6、このように組合わせが決つて、山川及び中村がA―一号室に去つたのち、被告人は、B―一号室において、手稲星置での脅迫にはじまる被告人の右一連の行為により畏怖させられている甲野に、衣服を脱ぐように命じ、同女をしてやむなくこれに従わせたうえ、原判示のとおり同女を姦淫して傷害を負わせたこと、他方、中村においては、姦淫の意思を失い山川を強姦することがなかつたものの、被告人の右姦淫行為が終了するまで山川をA―一号室に留め置いたこと。

がそれぞれ認められる。

以上の認定に徴すれば、被告人は、甲野及び山川が前記自動車から降車しえない状態にあることを利用し、同女らを脅迫し、モーテルに拉致して強姦しようと決意し、その決意に基づき、同女らに脅迫言辞を申し向け、あわせて同女らを自動車内及びモーテルの一室に監禁し、同女らをしてこれら行為により畏怖させたうえ、右監禁下において甲野を強姦したものというべきである。

なお、所論にかんがみ付言すると、手稲星置における脅迫以後、同女らは、物理的にみても、走行中の自動車から脱出することが不可能であつたばかりでなく、右脅迫行為によつて、被告人らの許から脱出する意欲を喪失せしめられ、あとは被告人らの意のままに従わざるをえない心情に陥つていたことが認められるのであるから、モーテルに至るまでの間右自動車が停止した際、車外に脱出をはかることなく、またモーテルにおいて管理人に救助を求めることをしなかつたとしても、同女らが自由意思をもつて、車内に在り、あるいはモーテルに入館・在室したということはできない。さらに原審証人甲野春子は、「車の中で監禁されていると思つたか。」との質問に対し「いいえ。」と証言するのであるが、この証言は、ホテル「天望閣」のトイレにおける海野発言、同ホテル退去後の自動車内における被告人の一連の言動その他の重要な事実について、証拠上明白で、客観的に動かし難いにもかかわらず、これらの点についてまで、「記憶がない」とか「言いたくない」として証言を拒否する態度の下でなされたもので、たやすく信用するに足りず、前記認定の事実に照らせば、下記の山川の場合と同様、監禁されている認識を有していたことを優に認めうるところである。また、原審証人山川夏子は、「被告人が車の中に閉じ込めるとか、閉じ込めないとか、そういうことは感じませんでした。」と証言するけれども、前記認定のとおり、手稲星置における被告人の脅迫言動及びこれに至るまでの一連の被告人の言動からすべてを諦めて被告人の意のままに従わざるをえない心情に陥つた同女において、車外への脱出が不可能な状態で、その意に反してモーテルに連れて行かれることを認識していたのであるから、表現の問題は別として、まさに監禁されている認識を有していたことは明らかである。また、甲野春子は、原審において、手稲星置において生じた事柄について「好奇心があつてやつたことだから言いたくない。」と証言を拒否し、モーテルに行つたことについて「好奇心があつた。」旨、あるいは「こんな一日のことだけで、こんなに大きくなると思わなかつた。」「被告人に悪いと思つている。」趣旨の証言をし、また当審における公判外の証拠調期日において、車中で被告人から肉体関係を求められて承諾したのは好奇心があつたからであつて、強制されたからではないとの趣旨の証言をするほか、モーテルにおいて同女らが相手方を選択したのは被告人から命じられたのではなく、山川との協議の上でしたことであり、自分は被告人の方が良いと思つたので被告人を指差した旨、また中村及び山川が別室に移つた後、被告人との間で雑談を交わし、今後付合うことを承諾した旨、更に性交前被告人から二度にわたり承諾を求められていずれもうなずいて承諾したうえ性関係をもつた旨、あるいは被告人に悪いと思つている旨証言する。しかしながら、同証人は、他方では、前記証拠調期日において、ホテル「天望閣」を出て前記自動車に乗車した際、被告人から同ホテルでの態度を難詰されて恐ろしかつた旨、また被告人から「手稲の兄貴の所に連れて行つてまわしをかける。」と脅迫され、泣く程ではなかつたが恐ろしくて黙りこんでしまつた旨、手稲星置において、兄貴の所に連れて行く等と脅迫されたときは大変なことになるという気持がした旨、さらに原審で「被告人に悪いと思つた。」旨の供述をした心境については、「その日のことだけで被告人が罰を受けるのが気の毒だと思つた。」「示談もできているから。」と供述し、また、原審において供述を拒否したのは被告人の面前で証言しにくかつたからである旨述べる一方、「手稲星置の兄貴の所に連れて行つてまわしをかけてやる。」と言われた点につき供述をしなかつたのは、別に被告人の前で述べにくかつたからではないとも述べている。

ところで、甲野の証言態度の特徴は、被告人に不利な事項については、原審においてほとんど供述を拒否し、当審においても逡巡していると思える状況の下で、あいまいかつ渋滞しながら漸く供述するのに対し、被告人に有利なことがらはためらうことなく述べ、供述対象について際立つた態度がみられ、特にホテル「天望閣」を出て乗車後同女らに対する被告人の言動に対し畏怖し、ことに手稲星置における被告人の執拗かつ強烈な脅迫によつて大変なことになると思つたにもかかわらず、性経験のない一五歳の少女が、好奇心を抱いて性交のためモーテルに同伴する心境になつたとするには余りにも不自然にすぎ、モーテルに至るまで何ら事態が変化しないばかりか、モーテルにおいて、「一人で二人とやる」とまで脅された事情が加わつた下において、なお自由な意思のもとに性交に応じたというのも、いかにも不自然で首肯しがたく、被告人とは合意の上で性交渉をもつた趣旨の甲野の前記証言部分はやはり採用することができない。なお、甲野の検察官に対する供述調書の供述内容は、山川の供述に基づいて統一されたもので信用性に欠ける、とする所論について一言すると、当審における事実取調の結果によれば、甲野は、本件犯行直後の昭和五一年六月四日から捜査官に対し本件に関し詳細な供述をしているのに、山川の捜査官に対する供述は、甲野に遅れ、同月八日からなされていることが明らかであるから、右所論は根拠に欠けるというべきである。他方、被告人の検察官に対する供述調書の供述内容は、客観的事実関係に合致し、かつ首尾一貫して不自然なところもなく、採用しうるものである。

以上の次第で、原判決挙示の証拠により原判示の罪となる事実を認定した原判決に所論のような証拠の取捨選択の誤りはなく、その事実認定は正当であるといわなくてはならない。論旨は理由がない。

そこで、その余の量刑不当の論旨について判断するに先立ち、職権により原判決を調査するのに、原判決は、法令の適用中において、原判示第一の監禁の罪と同第二の強姦致傷の罪とを併合罪として処理したことが明らかである。

しかしながら、原判決が認定した事実関係のもとにおいては、本件のように、原判示の頭初の(手稲星置での)脅迫が監禁罪の実行の着手であると同時に強姦致傷罪の実行の着手でもあると解され、監禁と強姦の両行為が、時間的・場所的にも全く重なり合うのみならず、監禁行為そのものも強姦の手段たる脅迫行為をなしている場合においては、行為を、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個の評価を受けるか否かの観点にたつて(最高裁判所昭和四七年(あ)第七二五号、同四九年五月二九日大法廷判決・刑集二八巻四号九一頁等参照)考察すると、右両罪は観念的競合の関係にあると解するのが相当である。それゆえ、被告人の本件所為は、結局一罪として重い原判示第二の強姦致傷害罪の刑で処断すべきこととなる。したがつて、原判決には、刑法五四条一項前段を適用せず、同法四五条前段、四七条を適用した点において法令の適用に誤りがあり、この誤りにより処断刑の上限に相違を生ずることになるから、右は判決に影響を及ぼすことが明らかな場合であるといわなければならない。そうだとすると、控訴趣意のうち、その余の量刑不当の論旨を判断するまでもなく、右の点において原判決は破棄を免れない。

よつて、刑訴法三九七条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、当裁判所において直ちに次のとおり自判する。

原判決が確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示第一の各所為は被害者ごとにいずれも刑法二二〇条一項に、原判示第二の所為は同法一七七条前段、一八一条に該当するが、原判示第一の各所為と同第二の所為は一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により結局一罪として最も重い甲野に対する強姦致傷罪の刑で処断すべく、所定刑中有期懲役刑を選択し、諸般の事情にかんがみ、特に本件犯行の罪質・態様・被告人の過去の処分歴等に照らし、他面、被害者甲野との間に示談が成立していること、被告人らにも軽率の点があつたことその他弁護人指摘の酌むべき事情を十分に考慮しても、本件は、被告人に対しその刑の執行を猶予すべき案件であるとは認められず、法定刑の最低限を酌量減軽するに足りる事由も認め難いので、右刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処することとし、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとし、主文のとおり判決をする。

(裁判官 粕谷俊治 藤原昇治 日比幹夫)

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